妻は我が家を出て行った。
妻は義母に私の具合が悪くなったと嘘をついて、迎えにきてもらった様子だった。
深夜、不意にひとりぼっちになった。
特にやることもない。一杯だけ酒を飲んでみた。
やっぱり酒は苦手だった。
翌日は夜勤の予定だった。とても仕事をする気分になれなかったが、夜勤のドタキャンなんて出来るはずもない。私もプロだ。
とりあえず、床に付いてみた。
もう大好きな妻と一緒にいられない悲しみ。
あっさり私を置いて出て行った妻への怒り。
今までの思い出。
『これでよかったのだ』と、自分に言い聞かせてもみた。
頭の中をグルグルと多種多様な気持ちがめぐる。とても眠ることなんてできなかった。
あっさり朝が来た。
一睡もしていないにも関わらず、身体の不全感はなかった。
家に灯油のストックがないことに気付く。朝七時頃だろうか、灯油を買いに行った。
道中、小学生たちが元気に登校する姿が目立った。私は、『小学生になった息子の姿は見れないなぁ。』ともの思いにふけ、時間差で涙を流した。
あまり外で涙を流しているわけにも行かず、涙をグッとこらえ、灯油を購入し自宅へ戻った。
もしかしたら、妻が帰ってきてくれているかもしれないという淡い期待もあったが、淡い期待は所詮、淡い期待に過ぎなかった。
とりあえず、私は部屋の片付けをした。
妻の私物や家具を見る度に、いつかこれらを取りに来るのだろうか?と考えた。
考えても仕方がないので、途中、自らの気持ちに作業を妨害されつつも、片付けを続けた。
昼過ぎ、あっという間に出勤時間になってしまった。
コンビニで夕食と昼食を買って、出勤した。道中、妻から何らかの連絡が来ているのではないかと、スマホの画面を見た。時間の文字盤だけが表示されたシンプルな画面ばかりだった。
夜勤はなかなか集中できたものではなかった。
いつも仕事は100点満点の仕事を目指し、ここのところは80点を切ることはなかったのだが、この夜勤だけは自己評価30点くらいだった。
帰り道、『普段なら自宅には大好きな妻がいる。』そう思って真っすぐ帰宅する。
しかし、この日は帰っても独りぼっちだ。なんとなく帰りにくかった。独りぼっちの現実を突きつけられるのが、怖かった。
私に釣りをする趣味はないが、帰路にある釣具屋によってみたりしたが、特に気持ちの晴れる発見は見当たらなかった。
普段なら20分前後の帰宅所要時間がその日は3時間に達していた。
自宅の駐車場に付いた。こんなにも不快な気分は久しぶりだった。
自宅に妻がいるとは到底思えなかった。私もだが、妻も負けず劣らず強情な性格だ。
玄関を開けた。
妻の靴がある。『普段と違う靴で出て行ったんだっけか?』そう思った。
しかし違った。
リビングの扉を開けると、そこにはいつもと同じ妻の姿があった。
私はたじろいだ。『どうしているんだろう?』『離婚の話でもするのだろうか?』
一晩仕事漬けの眠気が一瞬で吹き飛び、口の中が乾く。
『ごめんね。』妻の方から謝った。
『いや、僕の方こそごめん。』私も妻へ謝った。
ちゃんと傍にいてくれた。私はそんな妻のことが、もっともっと大好きになった。
これからは、間違っても大好きな妻へ『でてけ!』なんて言わないようにしようと思った。